キャンプ本書評:『キャンプ日和』(小島 烏水 (著), 田部 重治 (著), 河東 碧梧桐 (著)ら 河出書房新社)

とにもかくにもキャンプブームです。『オートキャンプ白書2020』によれば、2019年のオートキャンプ参加人口は前年比1・2%増の860万人。7年連続で増加しています。

ということで、このアウトドアのアンソロジーである『キャンプ日和』、“キャンプブーム便乗”といっても、間違いではないでしょう。ただし、突貫工事で書かれた駄文が並ぶ本ではありません。その多くは、明治・大正生まれの、“元祖アウトドア好き”だった作家・登山家らが書いたエッセイです。

 

読んでみると、「この世のいちばんのグルメって、登山で疲れた後の塩むすびでは?」とか、「作家たちより、一緒に出てくる荷物持ちの人夫さんのほうが大変そうね」とか、「え? 大トリが『BURST』の名物編集長ピスケンって、アウトドアというかアウトローじゃん!?」といった感想を抱きますが、全体を通して自然の「喧騒」に出逢える本です。
 

キャンプといえば、都会の喧騒を離れるといった狙いがあっていく人が多いです。しかし、ひとたび自然に身を置けば、そこに、単なる静寂などないことに気づかされます。

この本も、そういった、普段の生活では見聞きできない、自然の中にある“騒々しい世界”で満ち満ちています。
 

「二人で中へ入って、荷をおろすと、轟然(ごうぜん)たる音が耳を衝(つ)いた。(略)石が二三十間先の横の傾斜面を転下するのである。石と石と闘って火を発し、砂烟(すなけむり)を起し、転々また転々、まるで活きたる怪物が走るようである」(『石窟(せっくつ)の二夜』大町 桂月)

 

「四方を高い鉄の嶂壁(しょうへき)に取り巻かれたこの暗いカールの底では、僅かの焚火は人影をゆるがせてかえって寂しさをますばかりであるが、それに比べて天上の世界は何という賑(にぎ)しさであろう。(略)夜目(よめ)にもいちじるしいリッジの線を境にして下は暗黒の世界、上は光明の世界である」(『穂高星夜』書上喜太郎)

 

「岩ではない、熊かな、考えてぞっとする。(略)案内の猟師が来て『旦那、本鹿だ、畜生、ノタでふざけていやがるに、鉄砲がありゃなぁ』と小声で囁(ささや)きながら(略)口惜しがる」(『鹿の印象』小暮 理太郎)

 

「四時過ぎに諸々の鳥が一斉に鳴き出すのをきいて、かれらが如何(いか)に暁(あかつき)をよろこび、暁を賛美するかを知り、荘厳(そうごん)襟(えり)を正さざるを得ない感じを大自然の間に感得したような気がした」(『キャンプと山小屋』田部 重治)

 

葉っぱの擦れる音や落石音、刻一刻と変わる空や天候の様子、その地に棲む動物たちの息遣い、そしてそれらを見聞きする人間の鼓動。静寂だからこそ、普段の世界では触れることができなかったり、見落としたりする“騒々しさ”を、ページをめくる度に感じられます。
 

序盤は、古い文章で、読みやすくないものもありますが、そこは辞書(アプリ)を使いながら、今よりも自由に野営ができたであろう、当時のかの地に思いを馳せるのも一興です。また、古い文章はちょっと苦手、という方は、後ろから読んでいくのがいいかと。旅の紀行文で有名な作家・椎名誠も書いています。どうやら、中学生の時点で軍幕テントでキャンプしていたみたいです。
 

なお、具体的な地名がたくさん出てくるので、「涸沢(からさわ)の岩小屋って今もあるの?」「この越沢川のほとりにあるキャンプサイトって、ちょっと前に閉まった越沢バットレスキャンプ場らへんじゃないか?」というように、週末の予定をつい組んでしまいたくなる場面が幾度も登場します。
 
都会の喧騒を束の間離れたい人、そして自然の喧騒に束の間包まれたい人、ご一読を。

 
(『キャンプ日和』を読むのに役立つ、メートル換算早見表)
1町=約109m
1間=約1・8m
1尺=約0・3m

 

中野/日刊ヒロシちゃんねる編集部